部活の顧問を断った話
こんばんは、椎名です。
ブログへのご訪問ありがとうございます。
今日は、部活の顧問を断った話を書きます。
うろ覚えですがお付き合いください。
3月下旬、赴任先へ挨拶に行きました。
その時に校長先生(女性)と、全校生徒が何人で、教員が何人で~
みたいな話をしました。
その時、その校長先生は異動だから新年度からはいないとも言われた。
それで言われたんですよ、「女子バスケ部の顧問してほしい」って。
その前に、同職の先輩から言われてたんです。
「人手不足だから顧問してって絶対言われるけど、やるって言っちゃダメだよ」って(笑)
だから正直、キターと思いました。
経験者とか、教員歴の長さとか関係なく顧問って振られるんだ!って。
バスケットしたことないですし、、って言ったら、
「別に経験を求めてない、本読めばアドバイスできるようになるから」って言われた気がします。
んで私がごにょごにょしてたら、顧問は異動してくる先生(勤続20年以上)にしてもらうから副顧問はどう?って提案が。
顧問が行けない時にちらっと体育館見に行くだけだから!って。
でもこれも同職の先輩から言われてたの!
「最初に難しい方(顧問)お願いしてきて、断ったら簡単な方(副顧問)をお願いしてくるよ!
でも顧問からしたら自分の方が歴が長いから自分は部活にノータッチで、
結局副顧問が顧問みたいな感じになるから、やるって言っちゃだめだよ!」って(笑)
なのでこれも丁重にお断りしたんですよ。
そうしたら「じゃあ別の先生にしてもらうね!あなた自分の仕事を別の先生に押し付けたという自覚ある?その人の仕事を増やしたんだよ?」的なことを言われました。
なんかここだけは鮮明に覚えている(笑)
でもその時の私は、顧問をするよりはマシだわ、副顧問にあてられた先生ごめんね!ってかこの校長新年度いないからどうでもいいや!
って思いました。
んで、副顧問任された先生を少し仲良くなったタイミングで聞いたのですが、
「赴任したらバスケ部の副顧問が相談なく決まってた」って言ってました。
そこの相談はしないんだ!
まあこの女校長は久しぶりに会った時に廊下の端から「太ったよね~、大きすぎじゃない!?」って
大きい声で言ってくるくらいにはデリカシーなかったので、考えてることがよく分かりませんでした。
バスケ部は練習試合とか大会が多くて土日結構駆り出されていたので、
本当に顧問しなくてよかった。
部活も教育の一環と言われたらそれまでですが、
やったことない競技持たされたり、土日潰れたり、子どもの為に全てを捧げるのが当たり前!みたいなのもうやめたいですね。
やるなら定時内でやってほしい。
今は結構外部に任せる自治体も増えてきているので、この流れが続いてほしいと思います。
では!
過去記事↓
土日がなかった学校時代を回顧
こんばんは、椎名です。
ブログへのご訪問ありがとうございます。
9月も半分が過ぎようとしていますね。
本当にあっという間!
こうやって一年一年過ぎ去っていくんですね。
今の仕事は土日祝休みなので、今は三連休です✨
でも学校時代はそうはいかなかったなー。
土曜か日曜少なくとも一日は出勤してた。
行くといつも教務と理科の先生、数学の先生がいた(笑)
平日にできない事務仕事して、書類整理してた。
部活で来てる生徒が涼みに来ておしゃべりしたり。
私は部活を持ってなかったけど、部活持ってる先生は本当に大変そうだった。
部活の顧問を断った話はまた書きます!
土日に働いても残業代は出ないし、学校ってサービス残業で成り立ってるなー。
でもさ、思ったけど教職調整費って4%ですよね。
例えば基本給30万として、30万の4%は1万2000円。
30万÷21日÷8時間=1785×1.25=2231円
1万2000円÷2231円=5.3くらいなので、
だいたい5時間20分くらいの残業代にしかならないんですよね。
そう考えると、教育調整費って何のためのものなんだろう。
誰が得しているんだろう。
残業代を全額払うことにしたら、予算足りなくてひーひー言いそうですね。
改めて、先生方には頭が上がりません。
今からもっと子ども減るし、教員って楽になるのかな。
その分先生も減るし結局しんどいままなのかな。
たまに学校の未来を憂いています(笑)
過去記事↓
では!
適応障害の経験が役立った瞬間3選
こんばんは、椎名です。
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今日は「適応障害の経験が役立った瞬間3選」です🌼
スタート!
似た状況の人を気遣える
次の職場ではシフト作成を担当していたのですが、その際急に休むかもしれないと申し出てきたパートさんがいました。
他のパートさんが何を聞いても家が忙しくて、、しか言わなかったけど、私には家族に精神疾患がある人がいて急なフォローが必要になることがあると教えてくれたんです。
正直今までの私だったら、シフトを空けることに対してキツいことを言ったかもしれません。
家族つったって大人なんだからシフト終わるまで待ってもらえないの?心の問題って結局やる気がないんでしょ?って。
でも思い返せば私も、明日から学校が始まると思うと日曜午後はしんどかった。
誰かに来てほしくて頼れる人に電話かけてたし、一人じゃどうにかなりそうで誰かにそばにいてほしいという気持ちがあった。
だから気持ちが分かりました。それを公に言えないって気持ちも。
でも適応障害になったからこそ、大変だねって親身になれました。
心の不調は、なった人にしか分からないかもしれません。
不用意な発言に気をつけるようになる
私が適応障害の時には、簡単に鬱とか死にたいとか言う人と近づくのが嫌だった。
言いたくなることもあります、でも「簡単に」というのが嫌でした。
例えば「前髪が決まらなくて鬱」とか「好きなケーキ売り切れれて死にたい」とか。
過去に自分がそこまで追い込まれた経験があるから、簡単にそんな言葉を言わなくなりました。
言えるうちはいいのかも。誰かに助けてほしいって気持ちがあるから言うのかも。
追い込まれたら言えなくなる。助けとかいらなくなる。
だから適切な言葉を使うようになった。「前髪が決まらなくて」に続けるなら、「落ち込んだ」とか「悲しい」とか「テンションあがらない」とか。
その方が伝わるし、自分も気持ちがいいと思います。
不機嫌な人を客観的に見れるようになる
私のメンタルを壊した校長は一度火がつくと止められないタイプで、所構わず怒鳴り散らすタイプの人でした。
教頭も主幹も職員室で怒鳴られて泣いてたし、近隣校の校長と喧嘩ばっかりしてた。
指導案の言い回しにもケチつけるから、特に校長と同じ教科の先生は大変そうだった。
部活の練習試合とか、地域の交通パトロールもうちの学校は嫌煙されてた!
昔は機嫌を伺ったり、こっちが気を遣って相手の機嫌を良くすることに努めてたけど、なんでそこまでしないといけないの?
相手の不機嫌を受け取る必要はないと分かった。
受け取ってどんどん抱えきれなくなるから、受け取らない。
受け取り手のない荷物は本人に戻る。宅急便も不機嫌な態度も同じ。
なので不機嫌な人がいても、その人に左右されなくなった!
不機嫌を出しても私をコントロールできないって分かると、自然と不機嫌を出さなくなるんだよね。
結局人見て態度変えてるの!むかつくでしょ!
だから機嫌悪そうだな、今話しかけていいかな、と考えない。
自分のペースでその人を客観的に見れるようになりました!
これが一番大きいかも。
いかかでしたか?
ざっくりと書いてみました。だからといって適応障害になってよかったとか、学校でハブられてよかったとかは思いませんよ!
できることなら続けたかったですが、起こったことプラスに捉えていくしかないもんね。
ではまた!