適応障害克服ブログ

パワハラで退職した教員。職員室がしんどいなら、辞めてもいいよ。

休職までの過程①最初の一週間

 

 

こんばんは、椎名です。

 

 

たくさんの方がこのブログを読んでくれているみたいで、

ありがとうございます。

同じような状況の方、病休取ろうか迷っている方、周りに心配な人がいる方など。

たくさんの事情があると思います。

このブログが参考になれば嬉しいです。

 

 

今日は私が適応障害になるまでの過程を書きます。

長くなると思うので何回かに分けますね。

どうぞお付き合いください。

 

 

 

 

適応障害になるまで①最初の一週間

 

 

 

 

 

仕事について

学校に勤めてます。

大会やボランティアなどで土日出勤も多かったです。

 

 

 

心が折れた日

私が受けたパワハラは、言葉によるものでした。

バーッと言葉が降ってきて、混乱しました。

現実だと思いたくない、という気持ちでした。

 

誰も助けてくれない、誰も守ってくれない。完全に孤立しました。 

仲がよかった職員もそっぽを向くようになりました。

その日の夜は他校の先輩に話を聞いてもらいました。

泣きすぎて過呼吸になり、嘔吐と貧血で倒れこんでしまいました。

 

 

ツラくなってから一週間

主な症状として、以下のようなことが起こりました。

 

ご飯が食べられない

朝も給食も食べられず、夜は他校の先輩が引っ張り出してくれて何とか食べる、

という日々でした。

朝食べないからお腹は空くけど、

給食時間になると胸が苦しくて食べられなくなりました。

食べてもすぐトイレで戻していました。

 

出勤したくない

出勤途中、訳もなく涙が止まらなくなりました。

どんどん職場に近づくにつれ、心が固まって、緊張して。

今事故に遭えば出勤しなくていい!

今心臓発作になれば出勤しなくていい!という考えに至ります。

今思うと危ない思考ですが、当時は名案でした。

でも無事学校に到着します。

帰りも涙が止まりません。一日頑張った、今日が終わった、って。

学校から帰る時が一番幸せでした。

 

笑えない、楽しくない

口角が全く上がらなくなる、喋れなくなる。

もうピクリとも笑えないんです。

何が面白いのか分からない、人とどうやって話してたか分からなくなります。

 

人の目が怖い

喋れないのと近いのですが、職員が私のことどう思ってるかが怖くなる。

職員の笑い声を聴くだけで

「私の悪口を言って盛り上がってる…」と思ってツラくなりました。

(たぶん実際私の悪口だったと思いますが‥)

「私がパワハラで落ち込んでいるのを見てみんなが笑顔になっている」

という暗い気持ちでいっぱいでした。

  

 

最初の土日

金曜の夜になるとすごく嬉しかったです。

土日は洗濯したり掃除したり、学校のことを忘れて過ごしました。

先輩に連れ出してもらいご飯を食べて土日はあっという間に終了。

日曜が終わると思うと悲しくて、虚しかったです。

 

  

意外とできたこと

生徒との会話

生徒と話すのは大丈夫でした。

ただすごく暗いので不審がられました。

 

睡眠

精神状態はボロボロなので、夜は疲れ切って倒れるように眠りました。

ただ夢見が悪くて、嫌な夢をたくさんみます。

一時間で起きたり、目覚めたら泣いていたり。

無意識のうちに起きなきゃ、起きなきゃという気持ちがあるので、

朝も起きてしまいます。

朝起きると、「なんで起きたんだろう。永遠に眠りたい」と思ってました。

 

 

 

 

 

 

 

 

以上、最初の一週間をざっと振り返りました。

文章力がなくて申し訳ないです。。

最初の一週間は正直、覚えてないんです。

夜の先輩との食事は覚えてるけど、学校でどう過ごしていたか全く記憶にありません。

 

頑張って、今まで通りを演じていたと思います。

何事もなかったかのように。

でも、心がついていかないし、笑えないし、楽しくないし、

何をしたらいいかわからないし。

 

自分だけ時間が止まっている感じ?

置いてかれてるような感じになります。 

本当につらくて、怖くて、疲れて。

心がボロボロになりました。

 

今考えると、よく頑張った私。

 

 

 

次は心療内科について書きます。

 

ではでは。

 

 

 

 

 

 

 

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